ネットに書かれたことを警察に伝えようと決めたとき、次に迷うのが「被害届を出すのか、告訴状を出すのか」という点だと思います。どちらも警察に出す書類で、言葉の響きも似ていて、区別されずに使われている場面も見かけます。
けれど、この二つは法律のうえでの位置づけがまったく違います。そして誹謗中傷、とくに名誉毀損罪や侮辱罪にあたりうる書き込みでは、その違いが手続きの行方を左右します。書かれた側が黙っていなくていいのは当然として、声を上げるなら、届く形で上げていただきたい。そのために知っておいていただきたいことを、条文に沿って整理します。
被害届は「被害にあった」という申告です
被害届は、犯罪の被害にあったという事実を警察に届け出るものです。警察の捜査の進め方を定めた国家公安委員会規則である犯罪捜査規範の第61条には、犯罪による被害の届出があったときは、管轄区域の事件かどうかを問わず受理しなければならない、と定められています。口頭で届け出た場合には、決められた様式の被害届に記入を求めるか、警察官が代わりに書くことになっています。
被害届が出されれば、警察は被害の事実を把握し、捜査の端緒(きっかけ)とすることができます。ただし、被害届は「こういう被害がありました」という申告であって、加害者を処罰してほしいという意思表示までを含む書類とは、一般に考えられていません。この点が、次にご説明する告訴との大きな違いです。
告訴は「処罰を求める」意思表示です
告訴は、刑事訴訟法に定めのある手続きです。第230条は、犯罪により害を被った者は告訴をすることができる、としています。告訴とは、捜査機関に犯罪の事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示をいう、と説明されています。刑事訴訟法に定義の条文があるわけではなく、裁判例や解説書で定着した理解です。
受理の点では被害届と同じで、犯罪捜査規範の第63条は、告訴をする人があったときは、管轄区域内の事件かどうかを問わず受理しなければならない、と定めています。
そのうえで告訴には、被害届にはない手続き上の効果が法律で結びつけられています。
- 告訴を受けた司法警察員は、速やかに関係する書類と証拠物を検察官に送付しなければなりません(刑事訴訟法第242条)
- 検察官は、告訴のあった事件について起訴したか、起訴しない処分をしたかを、速やかに告訴人に通知しなければなりません(同法第260条)。起訴しない処分のときは、告訴人の請求があれば理由を告げることになっています(同法第261条)
- 犯罪捜査規範では、告訴があった事件は特にすみやかに捜査を行うよう努める、とされています(第67条)
告訴をした人は、告訴人として、その後の結果を知らされる立場になる、ということです。被害届を出しただけの方について、刑事訴訟法にはこのような通知の定めがありません。検察庁の運用として、被害を受けた方からの希望や照会があれば事件の処理結果などを知らせる被害者等通知制度はありますが、告訴人への通知のように法律で定められたものではない、という違いがあります。
名誉毀損罪と侮辱罪は、告訴がなければ起訴できません
誹謗中傷で被害届と告訴状の違いがとくに重くなるのは、ここです。
刑法第232条は、名誉に対する罪の章(名誉毀損罪の第230条、侮辱罪の第231条を含みます)について、「告訴がなければ公訴を提起することができない」と定めています。これを親告罪といいます。被害届が出ていても、告訴がされていなければ、検察官はその罪で起訴することができません。処罰を求めるつもりで被害届を出したのに、法律上は処罰を求める意思表示がされていない状態のままになってしまう、ということが起こりうるわけです。
親告罪の告訴には期間の決まりもあります。刑事訴訟法第235条により、犯人を知った日から6か月を過ぎると告訴できなくなります。数え始めるのは投稿された日ではなく「犯人を知った日」ですので、相手が誰か分からないままの間は、この6か月は始まらないと理解されています。ただし、これとは別に公訴時効は投稿のときから進みます。名誉毀損罪も侮辱罪も、犯罪行為が終わった時から3年で時効が完成します(刑事訴訟法第250条第2項第6号・第253条)。相手が匿名だから急がなくてよい、ということにはなりません。相手が分からない段階での告訴の考え方は、「「犯人が分からないと告訴できない」と言われた方へ」で詳しく書いています。
もうひとつ、告訴は起訴されるまでの間なら取り消すことができますが、いったん取り消すと、同じ事件で改めて告訴することはできません(刑事訴訟法第237条)。相手から連絡が来て気持ちが揺れることもあると思いますが、取消しは後戻りのできない判断だということは、心の片隅に置いておいてください。
一方で、虚偽の風説を流して仕事を妨げるような書き込みは、信用毀損罪・偽計業務妨害罪(刑法第233条)が問題になりうるもので、こちらは親告罪ではありません。とはいえ、親告罪でないから被害届で足りる、と単純には言い切れません。一つの書き込みが複数の罪にかかわることもありますし、処罰を求める意思をはっきり示し、結果の通知を受ける立場に立つという意味では、告訴には告訴の役割があります。どの罪名で組み立てるかは書き込みの内容や態様によって変わり、特定の事案でどの罪が成立するかを判断するのは捜査機関と裁判所です。
口頭で伝えることと、書面で出すことの違い
刑事訴訟法第241条によれば、告訴は書面でも口頭でも、検察官または司法警察員(告訴を受ける立場の警察官です)にすることができます。口頭で告訴を受けたときは、告訴調書を作成しなければなりません(刑事訴訟法第241条第2項、犯罪捜査規範第64条)。つまり制度のうえでは、告訴状を用意しなくても告訴そのものは可能です。
それでも当事務所が告訴状という書面をお作りしているのは、口頭で窓口に相談する場合と、証拠を整理した書面を持ち込む場合とでは、受け止め方が変わることがあると考えているからです。このあたりは「「犯人が分からないと告訴できない」と言われた方へ」でも書きました。被害届と告訴状という文脈で付け加えるなら、書面には、何の罪について処罰を求めているのかが残る、という点です。口頭でのやりとりは、ご本人が処罰を求めたつもりでも、被害の申告として整理されることがありえます。書面であれば、告訴なのか被害届なのかを、出す側が決めて示せます。
書面で告訴をした場合でも、趣旨が分かりにくいときは補充の書面や供述を求められることがあります(犯罪捜査規範第65条)。だからこそ最初から、何を求めているのかが読めば分かる書面にしておく意味があります。警察庁の「インターネット上の誹謗中傷等への対応」のページでも、警察に相談するときは、サイトの名称・URL・書き込んだ者・書き込み日時・内容などを記録して持参するよう案内されています。証拠の残し方は「スクリーンショットだけでは足りないことがあります」にまとめました。
誹謗中傷では被害届と告訴状のどちらを出すか
ここまでを並べると、整理はこうなります。
- 被害の事実を警察に知らせておきたい、という段階なら、被害届という方法があります
- 書いた人の処罰を求めたい、とくに名誉毀損罪や侮辱罪にかかわる書き込みであれば、告訴がなければ起訴に進めません
- 告訴は口頭でもできますが、事実と証拠を整理した告訴状にしておくと、何を求めているかが伝わりやすくなります
すでに被害届を出している方が、あとから告訴をすることもできます。名誉毀損罪や侮辱罪であれば、先ほどの告訴期間の中で、ということになります。
どちらが向いているかは、書き込みの内容、すでに警察に相談しているかどうか、ご本人がどこまで望んでいるかによって変わります。当事務所は告訴状と被害届のどちらの作成もお受けしていますので、ご事情をうかがったうえで、どの書面をどう組み立てるかをご一緒に考えます。犯罪捜査規範には告訴を受理しなければならないという定めがありますが(第63条)、実際に受理に至るかどうかや、その後の捜査の進み方は警察の判断によるもので、当事務所が結果をお約束できるものではありません。相手方との交渉や損害賠償の請求、発信者情報の開示請求は弁護士の業務であることも、あわせて申し添えます。
おかしいのは、書いた側です。書かれた側が言葉を選んで、遠慮しながら伝える必要はありません。ただ、せっかく伝えるのなら、法律が用意している形で伝えていただきたいと思っています。
告訴状をお作りするまでの流れや料金は、刑事告訴サポート(誹謗中傷の告訴状作成)のご案内にまとめています。
まずは「こんなことを書かれています」の一言だけで構いません。ご相談はLINEのテキストで承っています。
出典・参考(いずれも行政機関の公表資料です)
本コラムは制度の一般的なご説明であり、特定の事案に対する法的助言ではありません。個別の事案についての法律判断・見通し、示談交渉、裁判手続の代理は行政書士の業務範囲外となりますので、必要な場合は提携の弁護士・税理士・司法書士をご紹介しています。
記載内容は執筆時点の情報にもとづいています。制度・運用は変わることがありますので、実際のお手続きの前に最新の情報をご確認ください。
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