婚前契約書を考えはじめた方が、最初に気にされやすいのが時期のことです。式は再来月だけれど、いまからでも間に合うのか。もう入籍してしまったけれど、遅いのか。
このふたつは似た質問に見えて、答えがかなり違います。婚前契約は、内容よりも先に、まず時期の話をしなければならない書面なのです。ここを曖昧にしたまま進めてしまうと、いちばん守りたかった部分に効力が届かないまま完成してしまうことがあります。
民法が用意しているのは「届出の前」の契約です
夫婦の財産をどう扱うかについて、法律の定めとは別の取り決めをしておける制度が民法にあります。夫婦財産契約と呼ばれるものです。
条文は、夫婦が婚姻の届出前に財産について別段の契約をしなかったときは、法律の定めるところによる、という書き方をしています(第755条)。つまりこの制度が想定しているのは、あくまで婚姻届を出す前に結ぶ契約です。「婚前契約」という呼び名がついているのは雰囲気の問題ではなく、制度そのものが時期で区切られているからなのです。
もうひとつ見落とされやすいのが登記です。法律の定めと違う財産のルールを決めた場合、婚姻の届出までにその登記をしておかないと、相続人などの承継人や、ご夫婦以外の第三者に対して「うちはこう決めてあります」と主張することができません(第756条)。おふたりの間の約束としては生きていても、たとえば一方の債権者のような外部の人には及ばない、という違いが出てきます。
事業をされている方や、ご実家から資産を引き継いでいる方は、この登記の有無が効いてくる場面を想定しやすいので、早い段階で選択肢としてお示ししています。なお、登記はおふたりがご自身で申請することもできますが、代理して申請するのは司法書士の業務です。必要な場合は、提携の司法書士と連携して進めます。
届出のあとは、財産の枠組みを変えられません
では入籍後はどうなるかというと、民法は、夫婦の財産関係は婚姻の届出後は変更することができない、と定めています(第758条第1項)。
ここがなかなか厳しいところで、「結婚して3年経って、お互いの稼ぎ方も貯め方もはっきりしてきたから、ここで正式に決め直そう」という、現実的で自然な発想が、財産の枠組みの中核については通らないことになります。ふたりの考えが固まったころには、もう枠は動かせない。順番が逆なのです。
結婚が決まってから慌てて作るのではなく、話し合う時間が残っているうちに始めていただきたい、とお伝えしているのはこのためです。
入籍後の約束は、2026年4月から扱いが変わりました
ここまで読むと「もう入籍したから手遅れだ」と思われるかもしれませんが、そうではありません。婚姻後であっても、ご夫婦の間の合意書として書面をつくることはできますし、当事務所でもお作りしています。
生活費の分担、共有口座にいくらずつ入れるか、それぞれの貯蓄や退職金をどう扱うつもりか、実家の介護が始まったときにどう動くか。こうしたことを文章にして残しておくのは、入籍後でも十分に意味があります。ふたりが何を合意していたのかという記録は、時間が経つほど値打ちが出てきます。
そして、入籍後の約束については、2026年4月に大きく変わったところがあります。以前の民法には、夫婦の間でした契約は婚姻中いつでも夫婦の一方から取り消すことができる、という規定(旧第754条)がありました。入籍後に作る合意書は、この規定があるために、成り立ちが不安定になりやすいという弱点を抱えていました。
この規定は、令和6年の民法改正(父母の離婚後の子の養育に関する見直しと同じ改正です)で削除が決まり、2026年4月1日の施行で条文からなくなりました。いまは夫婦の間の約束も、ほかの契約と同じ一般的なルールで扱われ、婚姻中だからという理由だけで一方から取り消すことはできなくなりました。
改正前に結んだ契約については、改正法(令和6年法律第33号)の附則に経過措置の定めがあります。改正後の規定は施行前に生じた事項にも適用するとしつつ、改正前の規定によってすでに生じた効力は妨げない、という内容です(附則第2条)。ご自身の契約がどう扱われるかは事情によって変わりますので、個別のことは弁護士にご確認ください。
それでも、入籍前の契約と同じにはなりません
婚姻中を理由とする取消しの規定がなくなったとはいえ、入籍後の合意書で、入籍前に結ぶ夫婦財産契約と同じことができるわけではありません。財産の枠組みそのものは届出のあとには変えられませんし、届出までの登記によってご夫婦以外の人に主張する、という道もありません。
ですので婚姻後の書面をおつくりするときは、合意に至った経緯や、おふたりが内容を理解して署名したことを丁寧に残す、必要に応じて公正証書にして成立の真正を争われにくくする、といった補強を組み合わせます。入籍の前と後で、書面の設計の考え方そのものが変わる、というのはこういう意味です。
公正証書にするかどうかの考え方は、別のコラム「婚前契約書、公正証書にしたほうがいいですか」に書きました。
入籍日から逆算すると、思ったより時間が要ります
では入籍前に間に合わせるには、いつ動き出せばいいのか。当事務所の進め方に沿ってお伝えします。
当事務所では、ご入金を確認してから原則14営業日以内に原案をお渡ししています。そこに、その前のヒアリングと、原案を受け取ってからおふたりで読み合わせて調整する期間が加わります。この調整の期間は、おふたりの話し合いの進み方しだいで、短く済むこともあれば、ひと月以上かけて何度もやりとりすることもあります。ここを急いでしまうのがいちばんもったいないので、日程には余裕を見ておいていただきたいです。
公正証書にする場合は、さらに公証役場との事前調整と、作成日の日程の確保が加わります。夫婦財産契約として登記まで視野に入れるなら、婚姻の届出日から逆算した段取りが必要です。
こうして並べると、式や入籍の日取りが決まった時点でご相談いただくのが、無理の少ない進め方です。まだお相手に切り出していない段階で、お一人でご相談いただいても構いません。「どう切り出せばいいか分からない」というところからのご相談も承っています。
婚前契約書の作成は、契約書のみの場合が250,000円(税込)、公正証書にする場合が270,000円(税込)で、公正証書の場合は公証役場の手数料が実費として加わります。国際結婚の場合は、どの国の法律が適用されるかという論点が加わりますので、内容によっては弁護士と連携して進めます。
ご依頼の流れと料金は、婚前契約書の作成のご案内にまとめています。
「もう入籍しているけれど、それでも作れますか」というご相談も、遠慮なくお寄せください。使える制度が変わるだけで、書けることはあります。初回のご相談は無料です。ご相談はお問い合わせフォームから承っています。
出典・参考(いずれも行政機関の公表資料です)
本コラムは制度の一般的なご説明であり、特定の事案に対する法的助言ではありません。個別の事案についての法律判断・見通し、示談交渉、裁判手続の代理は行政書士の業務範囲外となりますので、必要な場合は提携の弁護士・税理士・司法書士をご紹介しています。
記載内容は執筆時点の情報にもとづいています。制度・運用は変わることがありますので、実際のお手続きの前に最新の情報をご確認ください。
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