「話はもうついているんです。それなのに、銀行が動いてくれなくて」
相続の手続きが止まったときの戸惑いは、たとえばこんな言葉になります。実家は長男が継ぐ、預金は兄弟で分ける。お葬式のあとに親族で話して、そこはもう決まっている。もめてもいない。それなのに窓口では「書類を出してください」と言われるばかりで、そこから先へ進めない。
決まっているのに進まないのは、もどかしいものだと思います。ただ、手続きをする側から見ると、話がついていることと、書面になっていることは、まったく別のことなのです。
窓口は、その場にいなかった人の立場で見ています
銀行の窓口の方も、法務局の担当の方も、ご親族の話し合いの場にはいませんでした。だから、誰が何をどう受け取ることになったのかを、あとから確かめられる形で示してもらう必要があります。しかもそのとき見ているのは、相続人全員が納得しているかどうかです。ひとりでも欠けていれば、あとで「私は聞いていない」と言われる余地が残ってしまうからです。
遺産分割協議書は、その確認のための書面です。相続人が全員そろってこの分け方に合意した、ということを、署名と実印と印鑑証明書で裏づけます。ここまでそろって、はじめて窓口が動きます。
その前提になる「相続人が誰なのか」は、亡くなった方の出生から死亡までの戸籍で確定させます。この戸籍集めは手間のかかる作業なので、「出生から死亡までの戸籍」が、なぜあんなに大変なのかに別にまとめました。
協議書がないと止まるもの、そうでもないもの
正確に申し上げると、協議書が絶対に必要というわけではありません。法定相続分どおりに分けるのであれば、協議書なしで進められる手続きもあります。
ただ、実際のご相続はなかなかその形になりません。実家は同居していた子が引き継ぎ、その代わりに預金はほかの子が多めに受け取る。この「代わりに」が入った時点で、法定相続分から離れます。誰かひとりが不動産を単独で取得する形にするなら、協議書は避けて通れません。
止まりやすいのは、まず不動産です。名義を変えるには、誰が取得するのかを示す書面が要ります。次に、預貯金の解約や払戻しです。金融機関ごとに所定の相続届があり、協議書がなければ、相続人全員の署名と印鑑証明書を求められるのが一般的です。相続人が遠方に散らばっていると、全員分の書類を回すだけで何か月もかかります。株式や投資信託、自動車の名義変更も同じです。
つまり、協議書を作るかどうかというより、どこかの時点で、相続人全員の意思を書面で示す場面が来る、という話です。それなら一度きちんと作って、あちこちで使えるようにしておいたほうが、結果として早く終わります。
あとから解釈が割れる書き方が、怖いのです
作りさえすればいい、というものでもありません。気をつけたいのは、書き方のほうです。
不動産は、住所ではなく登記事項証明書のとおりに、所在・地番・家屋番号で表示します。住居表示のまま書いてしまうと、法務局で受け付けてもらえないことがあります。私道の持分や、敷地の一部だけ別の地番になっている土地、登記されていない物置や増築部分も要注意です。ご家族の認識では「実家一式」でひとまとまりでも、書面の上では別々の不動産なので、書き漏らすとそこだけ名義が変わらないまま残ります。
あとから、忘れていた口座や古い出資金、名義株などが見つかることもあります。それが出てきたときに、また全員に集まっていただいて協議し直すのか、最初から取り決めておくのか。当事務所では、協議書に記載のない財産が見つかった場合の取り扱いも、あらかじめ書き入れておくことをおすすめしています。一行あるかないかで、数年後の手間が大きく違ってきます。
不動産の漏れを防ぐ手立ても増えました。2026年2月からは、亡くなった方が登記名義人になっている不動産を全国からまとめて一覧にしてもらえる「所有不動産記録証明制度」が法務局で始まっています。登記されている氏名と住所で検索する仕組みなので、登記の住所が古いままの場合は、昔の住所も検索条件に加える必要があります。市区町村(東京23区では都税事務所)で取る名寄帳とあわせて使うと、漏れをかなり減らせます。
書面にするというのは、そのときの合意を残す作業であると同時に、将来の解釈を先に固めておく作業でもあります。時間が経つと、人の記憶は本当に食い違います。悪気がなくても、それだけで十分にもめる材料になってしまいます。
相続登記の3年の期限とも、つながっています
令和6年4月1日から、相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記を申請することが義務になりました。施行前に発生した相続も対象です。話し合いがまとまらないうちは、相続人であることを法務局に申し出ておく「相続人申告登記」で、ひとまず義務を果たした扱いになります(その後に遺産分割がまとまったら、その日から3年以内の登記が必要です)。制度のくわしい中身と、名義を放置したときに起きることは、実家の名義、亡くなった親のままになっていませんかに書きました。
登記はご本人が申請することもできますが、申請の代理や、法務局に出す申請書類の作成は司法書士の業務です。当事務所では、戸籍の収集と遺産分割協議書の作成までをお引き受けし、登記は提携の司法書士におつなぎします。相続税の申告が必要になりそうな場合は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月という期限に間に合うよう、早い段階で提携の税理士におつなぎします。
「まだ話していないだけ」と「もうもめている」の境目
当事務所がお引き受けできるのは、相続人のあいだに争いがない相続です。
これは体裁として書いているのではなく、行政書士は交渉や調停の代理をすることができない、という線引きによるものです。ご相談の途中で意見の対立が表に出てきた場合も、その時点で提携の弁護士におつなぎします。遺留分をめぐる話も弁護士の領域です。
一方で、「まだ誰も切り出していないだけで、話し合ってすらいない」という段階もあります。誰が何を望んでいるのか、そもそも財産に何があるのかが分からないまま止まっている。この場合は、財産目録を作って全体を見えるようにするところからお手伝いできます。分からないから話せない、というだけのこともあります。
戸籍の収集から遺産分割協議書まで、当事務所でお引き受けしている範囲は、相続手続きサポートのご案内にまとめています。
「何から手をつければいいか分からない」という段階からで大丈夫です。初回のご相談とお見積りは無料で、戸籍の収集だけ、協議書の作成だけ、といった部分的なご依頼もお受けしています。ご相談はお問い合わせフォームから承っています。
出典・参考(いずれも行政機関の公表資料です)
- 相続登記の申請義務化特設ページ法務省
- 相続人申告登記について法務省
- 所有不動産記録証明制度について法務省
- No.4205 相続税の申告と納税国税庁
本コラムは制度の一般的なご説明であり、特定の事案に対する法的助言ではありません。個別の事案についての法律判断・見通し、示談交渉、裁判手続の代理は行政書士の業務範囲外となりますので、必要な場合は提携の弁護士・税理士・司法書士をご紹介しています。
記載内容は執筆時点の情報にもとづいています。制度・運用は変わることがありますので、実際のお手続きの前に最新の情報をご確認ください。
CONTACT
まずは、お話をお聞かせください。
まだ内容が固まっていない段階からで大丈夫です。お問い合わせフォームからお送りいただければ、行政書士より直接お返事します。初回のご相談は無料です。
婚前契約・補助金・相続・農地転用などのご相談はお問い合わせフォームで承っています。
TEL 050-8894-0105(官公庁・警察署からのご連絡用)