四十九日が過ぎて、戸籍を集めて、遺産分割の話し合いをして、名義も書き換えた。相続の手続きは、もう全部終わった。そう思えたところに、あとから農地の届出の話が出てくれば、戸惑われるのも無理はありません。
けれど、相続した財産に田や畑が含まれている場合は、法務局での手続きとは別にもうひとつ、済ませておかなければならないことがあります。
農業委員会への届出は、登記とは別の窓口です
農地法には、相続などで農地の権利を取得した人は、その農地のある市町村の農業委員会に届け出なければならない、という定めがあります(第3条の3)。法律上の期限は「遅滞なく」とされていて、農林水産省の案内では、相続からおおむね10か月以内が目安です。届出をしなかったり、事実と違う届出をしたりした場合には、10万円以下の過料の定めもあります(第69条)。
ここでつまずきやすいのは、窓口が違うことです。名義の書き換えは法務局、この届出は農業委員会です。根拠になる法律も期限も別々で、一方を済ませればもう一方も終わる、という関係にはなっていません。相続登記は令和6年4月から「3年以内」の申請が義務になりましたが、農地の届出の目安は、それよりずっと短く設定されています。
しかも農業委員会は、市役所や役場の中にあっても、市町村長からは独立した行政委員会です。相続の相談で市役所の窓口へ行かれても、農地の話まで案内されるとは限りません。そのため、何年かあとに売却を考えたときや、税理士・司法書士から指摘されたときに、はじめて届出の漏れに気づく、ということも起こりえます。
「相続だから許可は要らない」は、半分だけ合っています
農地の権利を動かすときは、ふつう農地法3条の許可が要ります。農地を農地のまま売買したり貸したりする場合の許可で、取得する側に農業を続ける体制があるかどうかが問われますから、一般の方が新しく農地を取得するのは簡単ではありません。
ところが相続は、この許可の対象外です。ご本人の意思で買ったのではなく、亡くなった方の権利を法律にもとづいて引き継ぐものだからです。遺産分割で取得した場合も同じ扱いになります。ここまでは、調べるとすぐに出てくる説明です。
問題はその先で、許可が要らない代わりに届出が求められている、という部分が見落とされやすいのです。「相続なら手続きは不要」と読める説明を見て、そこで安心してしまう。手続きがまったく要らないのではなく、簡単な届出に置き換わっている、というのが正しい理解です。
なお、この届出は、相続で権利を取得したことを農業委員会に知らせるためのものです。その農地を宅地や駐車場に変えたいという話になると、農地法4条や5条という別の手続きに移ります。届出をしたからといって、自由に使えるようになるわけではありません。
届け出ると、何が起きるのか
届出をすると、農業委員会はその農地の権利者を把握します。そのうえで、耕作をどうされるおつもりかを確認されることがあります。
このやりとりを警戒される方もいらっしゃいますが、ここが入り口になることもあります。届出書には、売り先や借り手探しなどのあっせんを農業委員会に希望するかどうかを書く欄があり、地域によっては農地中間管理機構(農地バンク)を通じて借り手を探してもらえます。ご自身では耕せないけれど荒らしたくはない、という方にとっては現実的な選択肢です。
反対に、耕されないまま置かれた農地は、農業委員会が毎年行う利用状況の調査で、遊休農地と判断されることがあります。そうなると所有者に利用の意向が尋ねられ、それでも貸すことも耕すこともしないままでいると、農地バンクと協議するよう勧告されることがあります。農業振興地域の中の農地では、この勧告を受けると固定資産税の評価が引き上げられる仕組みもあります。何もしないでいると、静かにコストが積み上がっていくわけです。
売りたいと思ったときに、時間が足りなくなります
もったいないのは、いざ手放そうとしたときです。
農地を農地のまま売るなら3条の許可、宅地などに変えて売るなら5条の手続きになりますが、どちらも前提として、いまの権利関係が書類の上で整っている必要があります。名義が亡くなったお祖父様のままだった、相続の届出もまだ、という状態から始めると、そこを整えるだけで数か月かかることもあり、買い手の方の都合に間に合わないおそれがあります。
ご相続から時間が経っているほど、相続人の数も増えていきます。ご兄弟が亡くなればその配偶者やお子さんが加わり、印鑑をいただく相手が広がっていきます。農地に限った話ではありませんが、農地は「使い道がないから」と後回しにされやすいぶん、この影響をまともに受けます。名義を放置したときに起きることは、実家の名義、亡くなった親のままになっていませんかにくわしく書きました。
まずは、地番と登記地目から
ご相談をいただいたとき、当事務所が最初に確認するのは、対象の土地の地番と登記地目、そして市街化区域かどうかという区域区分です。地番が分かれば、法務局で登記事項証明書を取るか、インターネットの登記情報提供サービスで登記地目を確認できます。地番がお分かりでなくても、固定資産税の課税明細書からたどれることがほとんどです。調べる順番は相続した農地、まず何から調べればいいのかにまとめていますので、あわせてご覧ください。
そのうえで、所管の農業委員会に取扱いを確認します。自治体ごとに独自の運用があるので、ここを飛ばすと手戻りが出やすくなります。目安として1〜3営業日で、進められる案件かどうかの初期判断をご報告しています。
なお、当事務所が行うのは、官公署に提出する書類の作成と提出手続の代理、そのご相談です。土地の測量や地目変更の登記は土地家屋調査士、相続登記や所有権移転登記は司法書士、相続税や譲渡所得税の申告は税理士、共有者間の争いは弁護士、売買の仲介は宅地建物取引業者の業務範囲です。必要な場面では、提携する専門家と連携して進めます。
農地の届出・許可の進め方と料金は、農地転用・都市計画法許可サポートのご案内にまとめています。
相続そのものの整理がまだ途中という方は、相続手続きサポートのページもあわせてご覧ください。相続と農地のご相談は、一度にお受けできます。ご相談はお問い合わせフォームから承っています。
出典・参考(いずれも行政機関の公表資料です)
- 農地相続ポータル農林水産省
- 農地を相続したときは、届出が必要です(相続時の届出チラシ)農林水産省
- 農地法(昭和27年法律第229号)※第3条の3・第69条e-Gov法令検索
- 遊休農地の課税の強化農林水産省
本コラムは制度の一般的なご説明であり、特定の事案に対する法的助言ではありません。個別の事案についての法律判断・見通し、示談交渉、裁判手続の代理は行政書士の業務範囲外となりますので、必要な場合は提携の弁護士・税理士・司法書士をご紹介しています。
記載内容は執筆時点の情報にもとづいています。制度・運用は変わることがありますので、実際のお手続きの前に最新の情報をご確認ください。
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