入院の書類に名前を書きながら、ふと「この子のごはんは、誰があげてくれるんだろう」と思う。調べ始めると、「ペット相続」という言葉とともに、「ペット信託」と、ペットを託す契約書(負担付死因贈与契約)という二つの備え方に行き当たります。どちらもペットの世話と費用を誰かに託す方法ですが、仕組みはかなり違います。
この記事では、二つの仕組みを民法と信託法の条文に沿って整理し、向きやすい場面を考えていきます。どちらが優れているという話ではなく、何を心配しているのかによって、合う形が変わってきます。
ペットに直接お金を遺せない理由
まず、ペットそのものに財産を遺すことはできません。民法は「物」を有体物と定めていて(第85条)、犬や猫も法律のうえではこの「物」として扱われます。飼い主が亡くなると、その方の財産に属していた権利義務は相続人が引き継ぎますので(第896条)、ペットは相続する側ではなく、ほかの財産と一緒に相続される側に立ちます。動物愛護管理法が動物を「命あるもの」と位置づけていること(第2条第1項)と、財産を受け取れるかどうかは、別の話なのです。
そこで、世話をしてくれる人にお金を渡し、世話を引き受けてもらう形をとります。その託し方が、飼い主と相手との契約なのか、信託なのか。違いはここから始まります。
ペットを託す契約書は、飼い主と託す相手の二人で結ぶ約束です
ペットを託す契約書は、民法の贈与契約を土台にしています。贈与は、一方が財産を無償で与える意思を表示し、相手方が受諾することで効力を生じます(第549条)。ここに、飼い主が亡くなったときに効力が生じるという定め(死因贈与。第554条)と、受け取った人はその子を最期まで世話するという義務(負担。第553条)を組み合わせたものが、負担付死因贈与契約です。
条文のうえで押さえておきたいのは、次の点です。
- 契約ですので、相手の受諾がなければ成立しません(第549条)。「たぶん引き受けてくれるだろう」のままでは契約書は作れず、先に相手と話し合い、承諾をもらう順番になります。
- 負担付贈与には、その性質に反しない限り双務契約の規定が準用され(第553条)、死因贈与には、その性質に反しない限り遺贈の規定が準用されます(第554条)。
後者は慎重に扱うところで、飼い主が生前に契約を撤回できるのか、受け取った方が世話をしなかったときに誰がどの規定で何を求められるのかは、準用がどこまで及ぶかをめぐって考え方が分かれており、個別の判断になります。当事務所では、見直しや解約の手順、世話の内容、第二の託し先、契約の内容を実際に動かす執行者を、契約で定めておくことをおすすめしています。契約は結んだお二人の間の約束ですので、ご家族に契約のことを伝えておくことも、引き渡しを止めないための備えになります。
書面によらない贈与は、履行の終わった部分を除いてどちらからでも解除できます(第550条)。書面に残すのはそのためで、公正証書にしておけば、作成の真正が争われにくく、原本は公証人が保存して、必要なときに閲覧や謄本の交付を請求できます(公証人法第42条・第43条)。公証人の手数料は、別に実費としてかかります。
ペット信託は、「お金を管理する人」と「世話をする人」を分けられる形
信託は、財産を信頼できる人(受託者)に移し、決めた目的に従って管理や処分をしてもらう仕組みです(信託法第2条第1項)。信託契約を結ぶほか、遺言や自己信託の方法もあります(第3条)。
ペット信託の典型的な形は、飼い主が委託者となり、ご家族などを受託者として飼育費用を託し、新しい飼い主となる方へ受託者から飼育費を支払っていく、というものです。お金を管理する人と世話をする人を別にできるのが、契約書との大きな違いです。
- 受託者は、信託の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって信託事務を処理しなければなりません(第29条)。
- 信託監督人(第131条)や受益者代理人(第138条)となるべき人を信託行為で指定しておけば、受託者を見守る役を別に用意できます。
- 信託契約による信託は、契約を結んだときに効力が生じ(第4条第1項)、停止条件や始期を付けることもできます(同条第4項)。定め方によっては、生前に飼えなくなった場面から動かす設計も考えられます。
反面、つくりは複雑になります。受託者と受益者を誰にするか、受託者に報酬を払うか(第54条第1項)、信託が終わったときに残った財産を誰に帰属させるか(第182条)など、決めることが増えます。受益者を置かない「受益者の定めのない信託」もありますが、存続期間は20年まで(第259条)で、公益信託を除き、別に法律で定める日までは政令で定める法人しか受託者になれません(附則第3項)。ご家族を受託者にするなら、新しい飼い主となる方などを受益者に置く形で考えることになります。
また、信託の引受けを業として営むには、信託業法の免許か登録が要ります(信託業法第2条第1項・第3条・第7条第1項)。ご家族に受託者をお願いする場合は、その方が何年も管理を続けられるかどうかも考えておきたいところです。
契約書と信託の違いは、心配の中身で決まります
違いを並べると、おおむね次のとおりです。
- いつから動くか:契約書は、飼い主が亡くなったときから(民法第554条)。信託は、定め方によって生前から動かせます(信託法第4条)。
- お金を誰が管理するか:契約書では、飼育費は世話をする方に渡ります。信託では受託者が管理し、そこから飼育費が支払われます。
- 見守りの仕組み:契約書は、法律が用意する仕組みが限られますので、執行者や報告の約束を契約で定めて補います。信託は、監督する役を置けます。
- 託す相手の承諾:契約書は、相手の受諾がなければ成立しません(民法第549条)。信託契約も受託者との契約ですので、引き受けてくれる方がいなければ始まりません(信託法第4条第1項)。
- つくりの複雑さと費用:契約書は、当事者が二人で、条項も世話と飼育費に絞られます。信託は、設計、受託者の確保、財産の移し替えなど準備が多く、受託者の報酬や登記の費用も見込むことになります。
なお、遺言で託す「負担付遺贈」という第三の方法もあり、「ペットのための遺言書」として紹介されるのはこちらです。遺言は亡くなったときから効力を生じ(民法第985条第1項)、飼い主が一人で書くものですので、名前を書かれた方は亡くなったあとにいつでも放棄できます(第986条第1項)。受諾が成立の要件である契約との違いは、ここにあります。
そのうえで、お願いしたい方がはっきりしていて、その方にお金の管理まで任せて構わず、心配が主にご自身が亡くなったあとのことであれば、ペットを託す契約書で十分に形になることがあります。反対に、入院や施設入所の備えまで同じ仕組みで動かしたい、まとまったお金を一度に渡すのは相手の負担になりそう、お金の使い道を誰かに見守ってほしい、という事情があるときは、信託を検討する意味が出てきます。
どちらを選んでも、先に決めておきたいこと
仕組みが違っても、準備の中身には共通するところがあります。
- 世話をお願いする方には、生前に承諾をいただいておきます。
- 飼育費は、フード代やワクチン、通院などをその子の年齢から見積もり、根拠を残しておきます。ほかに相続人がいる場合、遺留分(民法第1042条)との関係は個別の判断になりますので、根拠があるほうが、ご家族と話しやすくなります。
- ごはんの銘柄、かかりつけの動物病院、持病やお薬、苦手なことは、契約の条項として決めるものと、お願いとして添えるものに分けて残します。
- 頼んだ方が受けられなかったときの第二の託し先も先に決めて、その方にも承諾をいただいておきます。
ご家族のあいだで遺留分などをめぐる争いが見込まれるときは弁護士の領域ですので、早い段階で提携の弁護士をご紹介します。
当事務所でお手伝いできる範囲
当事務所のペット相続サポートでお引き受けしているのは、ペットを託す契約書(負担付死因贈与契約)の作成です。条項の設計、飼育費の試算、第二の託し先、付言にあたる「お願い」の整理、執行者の指定、公正証書にする場合の公証役場との打ち合わせまでをお手伝いします。執行者は、ご希望に応じて当事務所でお引き受けすることもできます。料金は、契約書の作成が110,000円(税込)、公正証書にする場合は165,000円(税込)に公証人手数料の実費を加えた額で、初回のご相談は無料です。
信託契約の設計や作成、遺言書の作成、任意後見契約は、このサポートには含めていません。信託や遺言のほうが合いそうだと感じたときは、その理由をお伝えしたうえで、それぞれを扱う専門家をご案内します。信託に不動産を入れる場合の登記は司法書士、贈与や相続にかかる税金のことは税理士の業務です。
作成の流れと料金のめやすは、ペット相続サポートのご案内にまとめています。ペット相続の全体像(ペットは相続できないこと、相続財産になること、遺言との違い)は、「ペット相続」とは何かに書きました。
「契約書にするか信託にするか、まだ決められない」という段階からで大丈夫です。初回のご相談は無料です。ご相談はお問い合わせフォームから承っています。
出典・参考(いずれも行政機関の公表資料です)
本コラムは制度の一般的なご説明であり、特定の事案に対する法的助言ではありません。個別の事案についての法律判断・見通し、示談交渉、裁判手続の代理は行政書士の業務範囲外となりますので、必要な場合は提携の弁護士・税理士・司法書士をご紹介しています。
記載内容は執筆時点の情報にもとづいています。制度・運用は変わることがありますので、実際のお手続きの前に最新の情報をご確認ください。
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